「優しさ」とは何か

とある金曜日の夜。

焼き鳥とハイボールとサワーが置かれたテーブルの上で、自分は目の前にいる男性にこう投げかけられた。

「女のいう〈優しい〉って、“自分にとって都合がいい”っていう意味でしょ」

自分は言い返せなかった。振り返ってみると確かに、今まで人から沢山「優しく」されてきたけれど、それは男性のいう“自分にとって都合がいい”事柄でしかなかったのかもしれない。

誰かが誰かを好きになった時、その理由が「優しいから」と答えるのは割と定番だけれど、それって人を好きになる理由として果たしてふさわしいのだろうか？

考えれば考えるほど、自分は沼にはまっていった。私は今まで…自分都合な相手を好きになっていただけなのだろうか。過去の感情に対して、急に自信がなくなってしまった。

そんな私に釘を刺すかのように男性は、さらにこう言い放った。

「俺は優しくないからね」

・・・・

みんなが皆んな、自分のことを第一に考えて生きているのは当たり前だ。だからこそ、人生が自分の描く思い通りのストーリーになれば、それは当然幸せなことである。

だから私たちは、私たちが望む事が起こるように行動する。ご飯が食べたかったらスーパーに行く、お風呂に入りたかったら湯を沸かす、何かを実現するために、行動にうつす。これをもっと大きな欲望にすると、「モテたいからー」とか「お金持ちになりたいからー」とかになってくる。それを実現するために何らかの行動を起こそうとするのが人間。自己実現のために、思い通りのストーリーを想像して、それに向かって進んでいく。その時、その狭間で、何らかの邪魔が入ったら当然、人はそれが嫌になるだろう。自己実現のために必死に頑張っているところで上手くいかないことがあれば、それは自分が原因なのか…なんらかの周りの事柄が原因なのか…それはわからないけど、思い通りになりなかったら当然その原因を考えて、取っ払えるように軌道修正していく必要がある。

前置きが長くなったけど、人間関係もそれと全く同じだと思う。自分の思い通りになるためなら周りの人間もそういう人ばかりで固められる。やろうと思えばね。というかみんな、意識せずとも自然とやっているのかもわからない。

「理解ある彼君」ってミーム化された言葉があるじゃん？それってまさに、今回のテーマの一例だと思う。精神的に不安定な彼女の気持ちを全て理解してくれる彼氏。それが「理解ある彼君」。彼女が急に理不尽なことで怒り出しても、理由なく泣き喚いても、「ごめんね〜俺が悪かったよ〜よしよしよし〜」っていつでも彼女を慰めてくれる。

…これがいわゆる「優しい男」なのか。

自分にとって都合のいい相手を好きであることが、果たして愛なんだろうか。いや、そもそも恋愛する人たちは、自分にとって都合のいい相手だから好き、だなんて、そんなこといちいち自覚していないはず。（恋愛ってのがそもそも究極のエゴでしかないわけだし）

好き→（それは）自分にとって都合がよかったら・・・自覚なし

自分にとって都合がいい→（だから）好き・・・自覚あり

どっちなのだろうか？？？？

今まで自分が好きになってきた人のことを考えてみたら、自分は前者だったかもしれない。

自分の行きたいところに全部付き合ってくれてたし、嬉しい言葉もかけてくれてたし、荷物を持ってくれたり色々と自分にとって好都合な存在だったのだろう。でもそれは今になって気づいた。この事を考えてから…。ただ、いつからか好きじゃなくなってしまったのは、ただただその「優しさ」でしか彼の魅力がなかったからなのかもしれない。

だから私は、彼の言う言葉がとても痛かった。私が好きだったのは、「彼の“優しさ”」なんかじゃなかった。ただただ、自分の思い通りに動かせる、召使のような存在だったから、だけに過ぎなかったのかもしれない。

・・・

じゃあ、本当の「優しさ」ってなんなんだよ。

確かに自分は、自分の思い通りになるような優しい相手を好きになっていた。ただ時間が経つにつれて、徐々に好きじゃなくなっていった。それは本当の「優しさ」ではないことに気づいていたからなのだろうか。

「優しい」を「自分にとって都合がいい」と定義するのであれば、本当の優しさとは果たしてどういう行動のことを言うのか。

そう考えた時に、自分は自分が過去に書いたこの記事を思い出した。

「思いやり」とは何か - passing fancy🍈

「思いやり」。これこそが、本当の優しさなんじゃないかと思った。

例えば第三者の人間。全く関わりがない人間に対して優しくできるというのは、少なくとも優しくしたとしても見返りを求めていない証明になるはずだ。だからそういった些細な「思いやり」の行為こそが本当の優しさを見極められるのではないだろうか。

「見返り」で考えた時、きっと優しく“する”側の立場からしても、優しくすること自体が「自分にとって都合のいい」行為でしかないのかもしれない。それはつまり【相手の要望を全て聞くことによって、相手の機嫌がとれる】＝（自分にとってそれは）【都合がいい】ということだ。

つまり…「優しさ」とは、優しくされる側にとっても、優しくする側にとっても、好都合でしかない、行為なのかもしれない。だから「優しい男」と「強い女」のカップルがこの世にはごまんと存在する。「優しい男」は自分の気持ちよりも相手を優先することができて、よっぽど愛があるんだろうな…とは思うけど、結局のところそれはある種あきらめ的な意味なのかもしれないし、本心はわからない。

彼は、自分はそういった「優しい男」とは違う、ということを言いたかったのだろう。確かにそうだと思った。私の行きたい場所があっても「○○だから嫌だ」とはっきり断るし、自分が満足したらすぐに「帰る」と言う。自分のペースを絶対に崩さない。そういう一面を見ると確かに「優しくない」と思うが、それはやはり「自分にとって都合の良くない行為」をしているだけにすぎない。結局その行為っていうのは、1人の時であれば何の問題もないし、何も優しくない行動ではない（そもそも優しい、優しくないは受け取り側の感想でしかないから）。1人で行動している分にはなんら問題のない行動であっても、誰かと共にした瞬間にそれは、「優しくない」行動としてみなされてしまう。

だから彼は確かに、私にとって「優しく」はない。行きたかったカフェにも行けなかったし、すぐにお店を出なければならなかった…。それは全て「私にとって」の優しくのなさだ。

しかし、ちゃんと彼には存在していた。

彼は私と歩いている時、我々が後ろから来る人の通行の妨げになっていることに気づき、「邪魔だよ」と私に言って道を開けさせたのだ。

ほんの些細な光景だったけど、今思えば、あれは彼の「思いやり」だったのではないだろうか。

彼は「優しく」はないけれど、思いやりのある男であるということ。つまり、本当の「優しさ」を少しでも持っている男であるということ。

それに気づかされたのは、彼のあの些細な一言でもあったし、私の過去に書いた「思いやり」についての記事でもあった。

冒頭の彼の一言は、私に本当の優しさとは何かを考えさせるための提示だった。それに対して過去の私は「思いやりこそが優しさじゃね？」と考えていた。だから今私は、改めて本当の「優しさ」とは何か、を知ろうという気持ちになれたのだった。

・・・

「顔真っ赤じゃん」

サワーを2杯飲んだだけなのに、ずいぶんと酔っ払ってしまっていたらしい。

多分、酔ってることに気づかないくらい、楽しかったんだと思う。

私のサワーがまだ7割ぐらい残っているにも関わらず、男性は満足したのかまたすぐに「帰る」と切り出した。私は「まだ残ってるから！」といってすぐにサワーを飲み切り、早々と店を出る。

帰り道、男性は自販機に寄りたいといった。

お酒も楽しんで、話したいことも話して、お腹もいっぱいでやけに上機嫌な男性は私に、

「飲む？」と言って、水を渡してくれたのだった。

男性は確かに「優しく」はない。ただ、常に自分を愛し、自分を満足させることで、相手に「思いやり」を見せられる男である。それを今度はちゃんと、ちゃんと…見逃さないようにと、私は大事にその水を握りしめて、暗闇の中自宅へと歩いていった。