まつ毛の長い男

明日、友達の結婚式がある。

地元に帰るときは、いつも高速バスを使う。

色々振り返ることがありすぎる。
正直振り返りたくない。考えるとしんどいし自己嫌悪に陥るから。

東京ってやっぱいいなって。
朝通勤の時、バスから最寄駅に降りたときに毎回思う。あ、人がいる。って。
当たり前だけど、ちゃんと自分が生きてる場所では人が生活してる、活動してるんだって思う。
それなのに、私は何してんだろ。私は毎日同じことの繰り返しで、何も考えずにただただ惰性で仕事に向かってる。って思うこの時間。でもそれが決して嫌なわけではない。そーやって自分がこんなふうに適当に生きれてることにはむしろ、安心まで覚える。

この人たちも同じように仕事したり何かしなきゃいけないことがあるから動いてる。中には遊びに向かってる人も、何かから終えて帰ってる人もいるんだろうけど。
そんな中。自分はいつも、周りから気にも留められず、ただいつものように仕事場に向かう。

それがある意味心地いいのだ。
自分の身にどんなことが起きても、自分がどんな最悪なことをしでかしたとしても、ここ東京は変わらない。ただ時間だけが動いてる。

高速バスに乗る時、まつ毛の長い男を見た。カッコよくてときめいた。そして胸が痛くなった。
それだけが事実なのかもしれない。
単純に、シンプルに、好きになりかけていたのだろうか。だからこんなに忘れられないのか。

結局自分も顔なんだと思った。
顔が良ければホイホイついてく。顔が良ければどんなに酷いことをされても忘れられずにいる。

そんないかにも“女”であるような自分がしっかりと存在していたことに、自分でも動揺を隠せない。けれど、そろそろ認めるより仕方ない気がした。

ただ、それだけ。

今は自分のことしか考えられないし考えたくない。
何をしても何を思っても人は人を傷つける運命なら、自分はもう自分自身の価値を下げるよりほかない気がした。価値を下げるというか、変に自分を真っ当な人間だと、思わないように…。

今回のことで更に決意したことがある。

それは適当に生きることだ。

テキトーが適当。

しばらくはこれをモットーに生きてく。
しばらくは？
いずれかは真面目に生きるの？
そんなのわからん。先のことは考えたくない。

その結果、いつまで経っても『イタい大人』になりかねない不安はあるけど。
でももう、そんなことを考えて自由に生きれなくなるのは嫌だよ。

自分のわがままで人を傷つけることになるぐらいなら、人を傷つけないくらいに自分勝手に生きたい。

これが果たして本当にいいことなのかはわからない。
けれど今の自分はそう考えることしかできない。

誰にどう思われようが自分の思うままに生きたい。
それができる人って、この世に一体どれぐらいいるのだろうか？

まつ毛の長い男は、関西からこっちへ出てきて有名私立大学の大学院に通いつつ、六本木の会社でインターンとしてエンジニアの仕事をしている。そして暇があれば色々な女と遊び散らかす生活をしているようだった。

あたしはなんとなくそいつを「アキハバラ」みたいだと思った。
なんとなくね。まじで意味わかんないし、例えるんだとしたら丸の内とか高田馬場とか。多分そっちの方がふさわしいんだろうけど。
なんとなくわたしは秋葉原の男だなと思って悔しく思ったんよね。

それはなんでかっていったら、色々あって。あたしにはないものを持ってて、得意としているものがちゃんとあるんだよね。
それでいてちゃんと適度に遊べる社会的な能力も持ってて。知識はきっとオタク並みのもので人から理解されないこともあるんだろうけど、でもバランスがいいから女や一般ピーポーにも好かれるわけで。社会でもうまくやっていけるタイプ。だからあたしは余計悔しかった。ちゃんと東京を満遍なく楽しめていて、東京と両思いになれる要素を持ってるから。そいつが。てかもう、ほぼ両思いみたいなところはある。

秋葉原はオタクしかいない限界都市みたいな風に思うかもだけど、私はあそこが大好きで、秋葉原って結局あの一番象徴的な駅付近だけじゃなくて、神田とか御茶ノ水とかも近いから、それ含めてなんだよね。あそこは世の中を動かしてる場所っていうか、実際オフィス街だし、エリートも含めていろんな経済回してる人たちが作り上げた街だと思う。だから私はあそこに行く時は、どうあがいても“客”でしかない。自分がサービスを受ける側でしかない。それがある意味楽しいんではあるんだけど、少し悔しい。

まつ毛の長い男はきっと秋葉原みたいに、一つに極めた知識や能力を発揮して世の中の役に立つものを生み出していくだろうし、次々と現れる娯楽やサービスの裏側には必ず存在していくだろう。そして、彼はやがて自分自身をも商品となって世の前に立ち、多角的に東京の役に立つことをしていく。

そしてついには、その彼でさえも、『東京』になってしまうのだ。

まつ毛の男は東京にいるのに相応しい男だった。悔しいけど、めちゃくちゃ東京から好かれそうだし、東京の役に立ちそうな、男だった。

それに比べてあたしはどうだろう。
東京が好きなだけで、東京へ何をしてあげられている？東京にとって役に立つことをしてあげられている？
わたしはファンでしかない。
好きなだけで、何も東京にしてあげられていることがない。

東京は心が広くて優しいし、基本的に何も言わない。
私が何もしてなくても、私が無意味な遊びをしてても、私が部屋の掃除をサボって洗濯物を干さなくても。
何も文句も言わないし、全部許してくれる。
でもどうだろう、東京は私のことが好きなのかな。私に興味を持ってくれているのだろうか。

東京は人気者だから、私なんか目に留まらないだろう。
もっと凄いことをしてて、役に立つことをしてて、人々に影響を与えるようなことをしている人たちに興味があるはずだ。

私はずっと、よかった。
片思いでよかった。

なのに、まつ毛の男と出会って、感じてしまった。
この虚無感。喪失感。悔しさ。

まつ毛の男を自分のものにしていたら、きっとその感情には気づかなかっただろう。
なぜなら、「手に入れた」と錯覚できるから。
自分がそうなったわけでもないのに、まつ毛の男を自分のものにすれば、自分もまつ毛の男と同じような能力を身につけたかのように思え、東京に振り向いてもらえたと錯覚できるからだ。

結果、まつ毛の男には酷い仕打ちをされ、連絡が絶った今でもモヤモヤはなくならない。
きっとまつ毛の男に未練があるのは、ただイケメンでかっこよかった、だけだとはやはり思いたくない。

自分にはないもの。
それは、東京に振り向いてもらえる、東京に相応しい、東京に認めてもらえる。
そんな能力を持ち合わせている人間を、自分のものにしてしまいたかった。

・・・・

私はやはり、誰よりも東京が好きなのである。
けれど、「絶対に振り向かせてやる」とは到底思えない。
私はずっと片思いでいい。振り向いてもらいたいなんて、そんなおおそれたこと言えない。
ただずっと追いかけているのが一番心地よいのだから、ということを、今回のことで思い知らされた。

”振りむいてほしいなら、
人の力を使って、なんて、そんなの許さないよ”

そんなふうに言われた気がした
あの日の夜

タクシーから降りて、1人とぼとぼと家に向かう

あのときも、ずっと私を見守ってくれていた

何も変わらない
誰も気にしない

私がずっと大好きな東京。

・・・・

朝、いつものようにバスに乗り、仕事場がある駅へと降りる。

わたしの周りにはいつも人がいて、その歩く人々がいつも私を安心させてくれる。

私はいつまで経っても私のままで、彼らはずっと私の中の『東京』なのだった。